JAZZ
ー美しき時ー

シナリオ



  プロローグ
70年代のアメリカ・ニューヨークの街の雑踏を思わせる音が流れてくる。 車のクラクション、人の行き交う様子など、様々なざわめきの中で幕が上がる。 それと同時に、音響フェイドアウト。幕が上がると、舞台セットは上下を平台で分けた形を取りたい。 下を第一舞台、上を第二舞台とする。 照明落としたままで。映画のワンシーンのように、英字新聞が舞台一杯に移し出される。 字幕として、往年のジャズ・ピアノを弾く年老いたジャズマンが、ニューヨークの場末のクラブで演奏して 近頃評判であると記事に書いてある事がわかる。 照明少しずつ柔らかく入ってくる。鳥の声や、犬の鳴き声、子供達の笑い声などが聞こえて来ると、 舞台上には老人達が思い思いに公園で静かに流れる自分の時間を楽しんで居る。 アンサンブル・メンバーで、行き過ぎる者、立ち止まって空を見上げたり、足元の花などを眺めている様子 の者など。出演人数によって考慮する。 ピアノ弾きが中央で座り込んで居る。孫らしい子供が彼を呼びにやってくる。 子供A   「おじいちゃん。やっぱりここに居た。もう少ししたら時間になるよ。今日もお店行くんでしょう。」 ピアノ弾き 「もうそんな時間かい。ありがとう迎えに来てくれたんだね。」 子供A   「毎日の事だもの。でも今日はどうしたの。何時もなら自分から帰って来る日もあるのに。」 ピアノ弾き 「何となく。待ってたんだよ。」 子供A   「僕を!!」 ピアノ弾き 「(微笑んで)行こうか。」  手をつないで歩き出そうとする。  上手側から、元気の塊と言った感じの子供(男の子)登場する。 子供B   「凄い。おじいちゃんの話してくれてたとおりだね。ニューヨークの街って、牧場より小さいのに 沢山人がいるんだね。ちょっとうるさいけど…。」  子供を追うように同じく上手側より、祖父らしい男が登場する。 ボーイ   「待ちなさい。そんなに走り回ったら、お父さん達とはぐれてしまうよ。」  子供Bかまわずあたりを珍しそうに眺めている感じ。  下手側から子供(女の子)の声がする。 子供C   「アァ何でこんなに騒々しいのかしら。(台詞を言いながら登場する)車も多いし人も多い。 なんか疲れちゃった。」  下手側から、後に続いて祖母らしい女が登場する。 レディ   「気に入らない?」 子供C   「ウッ、ウゥン、好きよ。何でだかわからないけど。」  レディ微笑んで返す。  三組の祖父と祖母、そして孫らしい子供達。舞台の中央ですれ違って行く。  子供Aが空中で何か見つけたようだ。 子供A   「アッ!!蝶!!」  子供BCその言葉に即座に反応して。 子供BC  「どこ?」  子供Aが蝶を追っていこうとするのに、二人もついていってしまう。 ボーイ   「待ちなさい。迷子になったら帰れなくなってしまうよ。」  残った、ピアノ弾き・レディも、後を追おうと振り返る。  ボーイ二人の顔をまざまざと見て。記憶の中にはっきりと若かりし頃が蘇った。 ボーイ   「ピアノ弾き…?レディ…?」  レディ呼ばれて二人を見つめて。 レディ   「ボーイ…?ピアノ弾き…?」  ピアノ弾きは二人を見て、言葉にならずに手を差し延べて行く。  その手を取り合う二人、思いを確かめ合うような握手。  照明、フラッシュバック。音楽流れて来る。  音楽に合わせて老人達のダンス・ナンバーになる。  老人達が、軽快なスウィングの音楽に乗る面白さを出したい。  音楽の中程で、アンサンブル、メイン共に早変わりして若い頃の姿になる。  そのまま音楽・ダンス決まる。ピアノ弾き・レディのみ残る。    第一場  第一舞台下手に、平台に乗せてピアノを音楽の終わる頃に出す。  テーブルや椅子を出せるなら、ここですでに欲しい。  ピアノ弾きそのままピアノの所へ。  静かに、いつもの事のような感じでピアノを弾き始める。(セントルイス・ブルース)  レディは、気怠そうに、そんなピアノ弾きの様子を見て居る。  プロローグから約40年程前のニューヨークのショークラブ。  1930頃のアメリカ。大恐慌に巻き込まれた失業者達が街に溢れたそんな時代。  ここは禁酒法の影に華やかだった密造酒を扱う闇酒場。  (と言ってもこの時代かなり多く存在したらしいが…)  レディ、ピアノ弾きのピアノに合わせるように曲を口ずさむ。(歌うと言った感じとは少し違う)  ピアノ弾きに近づきながら。 レディ   「(溜め息混じりに)また同じ曲。ピアノ弾きいい加減飽きたわ。」 ピアノ弾き 「今の俺はこれしか弾けない…。」 レディ   「でも今日は機嫌がいいのね。あんたがピアノを弾いてるなんて…。」 ピアノ弾き 「あぁ、しばらく仕事をしていないからな。」 レディ   「だったら辞めちゃえば…。」 ピアノ弾き 「人の心配をする女かお前が。」 レディ   「べつに…。」 レディ   「せめて、お酒少し減らしたら…。」 ピアノ弾き 「レディ。お前が賛成派だったとは意外だな…。」 レディ   「馬鹿な事と言わないで。禁酒法なんてくそ食らえよ。」 オーナー  「おだやかじゃない話をしている人達が居るぞ。」  オーナー台詞を言いながら上手より登場する。 レディ   「いいじゃない本当の事でしょう。」 オーナー  「だが、そのおかげで稼がせてもらっている。」 ピアノ弾き 「(確かにそうだと言った感じの苦笑い)」 レディ   「わかってるわ。働いて稼げるだけでも有り難いって事わね。飢えて列に並ぶなんてまっぴら!!」  レディの台詞が終わらないうちに重なるように。舞台袖から声が聞こえる。 アンサンブル「居たぞ、こんな所に隠れてやがる。」 アンサンブル「坊主が。そっちに行ったぞ。」 アンサンブル「店の食い物を盗みやがった。」 アンサンブル「誰か捕まえてくれ。」  声に追われるように。ボーイ第二舞台に登場する。 オーナー  「どうした。何かあったのか。」  オーナーの台詞が終らないうちに、ボーイ第二舞台からいったん袖に消えて、第一舞台へ飛び出して来る。 レディ   「あんたね、泥棒は。」 ボーイ   「……。」  オーナー上手袖に合図を送って、大丈夫だと言う感じを出したい。 ピアノ弾き 「腹が減っているのか。」 ボーイ   「(無言で頷き、抱えたパンを強く持ち直す。)ごめんなさい。食べてないんです。 外は寒いし、暖かそうで入れそうだったから潜り込んで…。」 オーナー  「ついでに食料も失敬していたって訳か。」 ボーイ   「初めてです。南部から出て来て、でも仕事も無くって配給に並んで食べたのだって一昨日 なんです。」 ピアノ弾き 「大恐慌のニューヨークに出て来て仕事を探そうったって無理な話だ。働く所は無くなりはし ても、新しく出来るあてはない。」 レディ   「南部の良い所のお坊ちゃんって感じね。」  ボーイ警戒心と同時に軽い反発。本当の所を言い当てられたため。 オーナー  「私がこの店のオーナーだ。君はこの街に何をしに来たのかな。」 ボーイ   「勉強したいんです。スターになって、有名になって父親や兄弟達を見返してやりたいんです。」 オーナー  「ステージ・スター志望かな。」 ボーイ   「はい。ニューヨークにはそのつもりで。少し名前を売ったら、ハリウッドに行って、 フィルム・スターになるんです。」  ついさっきまでおびえて居た彼が急に生き生きと話し出した。 レディ   「でも、現実はパン泥棒。」 ピアノ弾き 「レディ…。こいつはレディ。俺はピアノ弾き。通り名だって思ってくれていい。 二人とも坊やと同じ南部の出身だ。」 ボーイ   「やっぱり、さっきのピアノ貴方だったんですね。実を言うと、ピアノの音に惹かれて、 隠れてた所から出てしまって…。」 レディ   「それで見つかったって言うの?!」 ボーイ   「(頷いて)懐かしくって、家の小作人達が、よく聞かせてくれた物にとても似ていたから。」 ピアノ弾き 「そりゃそうだろう。俺は南部の農園で、その小作人の息子として生まれたんだ。」 レディ   「でも、父親は誰だかわからない…。」 ピアノ弾き 「お前もだろう。」 レディ   「そう、それが何よ。あたしがアメリカ人だって事に変わりはないわ。」 オーナー  「私達がだろう。レディは南部の娼館の生まれ。私は北部出身、両親はイタリア移民だ。」  ボーイは、彼等が何にこだわっているのか理解出来ない。 オーナー  「そうだな。何ならここで働かないか。闇酒場のステージと言っても、生活して行くだけの 面倒は見れるし、勉強したいと言う事ならかまわないだろう。」 ボーイ   「いいんですか。」 オーナー  「バテーンボーイ兼ダンサーとしてだがな。」 ボーイ   「はい。充分です。」 レディ   「こんな甘ちゃんの坊やを雇うって言うの。」 ピアノ弾き 「かまわないと思うが、お前と同じ目標を持っているのも面白いじゃないか。」 ボーイ   「エッ?!でもブロードウェイもハリウッドも…。」 レディ   「そうよ。オーディションも受けさせてもらえなかった。でも何時かあたしを見下した人達を、 あたしの足元に平伏せさしてやる。あたしは実力はあるわ。マスクだって中途半端なホワイト の小娘に負けていない。」 ピアノ弾き 「お前だって、まだ小娘だろう。」 レディ   「うるさいわね。あんたなんか…。」 オーナー  「レディ…。決まりだ、よろしく。エェーと…。」  ボーイが名乗ろうとするのを、さえぎって。 ピアノ弾き 「ボーイ。見たまんまだが、彼には一番似合う通りな名だと思うんだが…。」 オーナー  「そうだな。よろしく。ボーイ」 ボーイ   「僕のほうこそ、よろしくお願いします。」  ボーイとオーナーが握手。ピアノ弾きは優しく見守る感じ。レディは面白くない。  静かに暗転。




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